パワースポットとしての大念寺

大阪府茨木市安威 大念寺
裏山から望む

 当山、大念寺は茨木市有数の歴史を持つ場所にあることから、様々な伝説・伝承が伝えられています。

1、古墳に囲まれた場所

安威古墳群
かつてはアカマツ林がひろがっていた裏山「花園山」この山に多くの古墳が存在する

~ 市内有数の祖霊が鎮まり、供養され続ける地

 当山は「安威古墳群」の包括地であります。裏山には古墳時代の群集墳が多く見つかり、近年の調査では南側からも古墳が発見されています。未発掘のものが多いなか、土器・はにわ・金耳環・矢じりなどが出土しています。

 いずれも、この地を治めていた有力な豪族の墓ではないかと推測でき、千数百年以上前から先人達の祖霊が鎮まる地であります。北東の方角には、見守るように阿武山古墳(伝・藤原鎌足公の墓)が鎮座しています。そのような場所に大念寺は建てられています。

2、阿威山(あいさん)という名称

~ アとイの秘密。愛の山??

 当山の山号にもなっている地名「アイ(安威・阿威)」という名称は、仏教上とても良い字音であり、これを見い出されたのが藤原鎌足公が招いた僧、慧隠法師(えおんほっし)でした。

 慧隠法師は当地にて読経・念仏三昧のさなかに、霊夢を見、お告げによって「ア」とは梵字(サンスクリット語)の阿字(本不生の義)に通じ、「イ」は梵字の伊字(根本の義)に通じることから、「ア」と「イ」とは体と用の関係、男と女をも意味し、一切を生ずる根本という意味をも含ませることができる。と解釈されたようです。

『此の山の名は阿威山という。阿とは阿字、本不生諸法を生じ。威は伊字であって諸法の根本なり。阿字は男性の字、伊字は女性の字。阿字を躰とし、伊字を用として、一切を生じる』

当山の縁起書~『大織冠堂縁起』より

 この伝説は、当山に絶えることなく伝承されてきた「阿威山:あいさん」の別解釈であり、霊地としての威厳を保ってきた代々の住職が書物に書き記されてきました。

3、霊水の湧出する井戸

 寺院が建立される場所には必ずといって良い水が湧く場所を選ばれます。それは仏さまにお供えする閼伽水(あかすい)を汲むための閼伽井(あかい)です。

 当山の閼伽井は縁起によると当山創建以前より霊窟として存在し、湧水によって黄金竹が自生していたと書かれています。伝説には極楽の八功徳水といわれています。

~ 子宝・子授けに霊験を現わした井戸

 この井戸は昭和のころ、今から数十年前、子宝になかなか恵まれなかった女性が導かれてこの井戸に来られた。そして何度かお参りをしてこの井戸水を飲んだら、ついには子供を産むことができたという、子作りに霊験を現わした話のある井戸です。

4、「黄金」と名付けられた竹

大阪府茨木市大念寺 黄金竹
西日を浴びて黄金に輝く様子

~ 鎌足公ゆかりの黄金竹

 当山に古くから生えている竹は、「黄金竹:おうごんちく」といわれ、伝説が付随する不思議な竹です。

 ・当山の守護神、三宝荒神の竹であり、そばを流れる霊水と対を成す陰陽和合の竹である

 ・鎌足公お手植えの竹である

 ・鎌足公の遺骸を首だけ安威から奈良に移したため、枝の先だけが枯れ落ちることから「片折れ笹」といわれる

 ・むやみに刈り取ると熱病にかかる


…など、いくつかの伝説が伝わっています。

5、霊仏・霊像が祀られる寺

 当山には近くを流れる安威川に流れ着いたという「雨乞い地蔵」や、幕末のええじないか・おかげ騒動の際にに大阪市内に降ってきたという不思議な「夜叉神像」、地元の村人にも尊崇されてきたという毘沙門堂にまつられていたという極彩色に彩られていた、戦いと勝利の神・福の神「毘沙門天」がおまつりされています。

毘沙門天 立像
毘沙門天 立像
夜叉神像 立像
夜叉神像 立像

【おしらせと近況】

2019年

1月

01日

謹賀新年

皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのことと

お慶び申し上げます。
皆様のご健康とご多幸をお祈りし、

新年のご挨拶とさせていただきます。

合 掌

2018年

11月

15日

五重相伝会中の写真と成満ご報告

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2018年

10月

11日

高槻市開催の「藤原鎌足と阿武山古墳」に出展

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2018年

4月

11日

大念寺桜模様

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法然上人知恩院HP
中臣鎌足、藤原鎌足
大織冠鎌足公
井上直久氏「雲近き村」
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徳本名号幢幡
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極楽浄土の図(観経曼荼羅)
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