専誉流念上人

大阪茨木大念寺開山上人

(せんよるねんしょうにん)木造坐像

 このお像は天正18年(西暦1590年)に大念寺を浄土宗寺院として復興再建された初代住職(開山上人:かいさんしょうにん)、専誉流念上人ををたたえて作られたお像です。七条の袈裟を着し、胸前で合掌をし、お念仏をする姿を表しています。

眼には玉がはめ込まれていて、400年近く経ってもいきいきとしたお顔をされています。


経歴

 専誉流念上人(せんよるねんしょうにん)は室町時代の生まれ。越前国(今の福井県)の出身で千葉県の浄土宗大巌寺(だいがんじ:関東十八檀林のひとつ)で修行し宗戒両脈を相承。その後、山城国大山崎庄(京都府乙訓郡大山崎町)にある同名の大念寺におられ、縁があってこの安威の地を訪れました。そのときお告げを受けたことがきっかけで、荒廃していた寺院(善法寺)を復興整備し、いまの大念寺の礎を築いた中興開山上人であります。また、おなじく荒廃していた隣村の地福寺(じふくじ:茨木市桑原)を復興再建し、西国街道沿いには安養寺(あんようじ:茨木市耳原)を新たに創建しました。

 寛永7年(1630年)124日に当寺において法然上人の忌日法要をお勤めし、高座の上で御説法をした最後に南無阿弥陀仏を十遍称えてそのまま往生されました。その功績をたたえてお像が作られ、お墓も当寺にございます。

お戒名:鏡蓮社專譽上人大阿流念大和尚

読み:きょうれんじゃ せんよしょうにん だいあ るねんだいかしょう

寛永7年1月24日遷化 法壽79歳